令和6年能登半島地震で被災された皆さま、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早く必要な援助、物資が届くことを願っています。まだ被害の全貌が見えず、遠く離れていてももどかしさでいっぱいになります。どうか体と心の傷、疲弊が少しでも癒える時間が取れることを願っています。寄付と祈ることしかできないけれど、心はなるべく近くありたいです。
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年末年始は、佐賀に帰っていました。佐賀に帰ると、ひとりになる場所がなくて、ここに来るのがとても難しい。3日ほど前に香港に帰ってきて、子供たちの学校も始まり、今月末締めきりの作品に取り組んでいます。
昨年は、パートナーの手術や香港への引っ越しなど、大きな変化があったにもかかわらず、10近くの作品にかかわることができ、翻訳者としてはもっとも忙しい1年でした。今年は現時点で4作品の刊行予定があります。なかには、2年半越しの持ち込み作品もあります。多くの方のおかげで、こうして翻訳が続けられていること、そして自分が届けたいと思う作品と向き合うことができること、感謝の気持ちでいっぱいです。『イエルバブエナ』刊行の際も、SNSで「吉田育未の訳書を楽しみにしている」とコメントしてくださった方がいらっしゃいました。『星のせいにして』でデビューしてから、ずっと応援してくださっている方もいて、あたたかいお言葉に(本当に)涙が出ます。ありがとうございます。
いつまでこういうペースで本の翻訳に打ち込むことができるかは分かりませんが(経済的事情で)、できる限り、細く長くであってもずっと続けていきたいので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
わたしにとって昨年は、広東語を勉強し始めたのがすごく大きくて、言語や翻訳の役割を根本的に見直すきっかけになりました。現在も先生とプライベートレッスンを週1で続けています。「(日本語として使用される)知っていた漢字」が、広東語のコンテクストでまったく違う音と意味をまとうとき、文字や言葉の危うさというか、儚さというか、不安定さを感じます。でも同時に、すごく絶対的で、枠を固定し、強力なものだとも思うんです。(うまく言語化できずごめんなさい)。
昨年末は広東語学習のまとめとして、広東語イベントに参加しました。ZINEづくりのワークショップです。独立系書店での開催で、告知などもすべて広東語だったので、あらかじめ書店に連絡。「広東語初心者でおそらく指示は90パーセント分からないけれど、参加したい」旨を伝えました。紙を束ねて、針と糸をつかってみんなでちくちくZINEを作る。やっぱり指示はわからなかったけれど、自己紹介は広東語でできたし、英語で助けてくれる人もいました。またいろいろ広がっていけばいいな。香港の書店ではやはり、翻訳書に目が行きます。とくに日本で翻訳刊行されているもの、されていないもの、比較するのが面白い。
ここ数週間はアイルランド語も本格的に勉強しているので(現在訳している作品のため)、マイケルから「いくみは起きている時間はずっと文字とにらめっこだね」と言われますが、ちゃんと走ってるし、香港の野菜を使って料理もしてるよ(アイルランド語は超絶難しい。スペリング、発音、前置詞変化どうなってるの!???)。去年の末、トロントの大学院でいっしょにメンタープログラムを立ち上げた仲間が香港に遊びに来てくれたので(彼女は香港出身)、いろいろレシピを聞いたのだ。
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香港に来て4カ月です。今年はどんな出会いが待っているんだろう。
広東語の「happy」は「開心」(ほいさーん)。
どの土地にいても、心を開いて、場所や人とかかわっていきたい。
翻訳もそういう気持ちで、ひとつひとつの作品に向き合っていきたいです。
みなさんの1年がほう ほいさーん(好開心)になりますように。