おはようございます! みなさん、信じられないことに来週の月曜日は2023年ではないですか……!! 今年が終わる前に、みなさんにご挨拶したく、月曜日ではないですが送らせていただきます。
今年はありがたいことに、『星のせいにして』の読者と話す機会がたくさんありました。千葉県の書店Lighthouseの文学ゼミ、「文学ラジオ空飛び猫たち」でのインタビューと読書会、日本SF読者クラブ会長が主催してくださった読書会、翻訳家のみ参加のクローズド読書会。企画してくださった方、参加してくださった方、ほんとうにありがとうございました!
また、本の感想や応援のメッセージをつたえてくださった方、作品を手に取ってくださった方、そしてこの文章を今読んでくださっている方にも心から感謝しています。
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本の翻訳をしてみようと決めたとき、まずは3年やってみようと思っていました。来年が、その3年目です。訳すことが決まっている文芸作品が3作品ありますが、どれも絶対に今、届けたいと思える作品なので、まずはそれを心をこめて訳したい。それから、すてきな絵本もお届けできる予定です。実用書1冊、映画も2作品、決まっています。秋ごろに、おそらく香港に引っ越すのでそこまででいったん区切り、そのあとのことはあまり考えないようにしていますが、とにかく翻訳して紹介したい作品がありすぎて、頭を悩ませています。
「大好きだから」、その気持ちだけで言えば何も悩まず続けていけばいいのだけれど、小説の翻訳はとにかく稼げない。もしパートナーになにかあったときに、子供ふたりを育てていけるだけの経済力をもとうと思ったら、かなり厳しいと正直思います。だから、「まずは3年間やってみよう」という気持ちで始めたのですが、この3年目に、どういう風に翻訳を続けていくのか(絶対に続けていきたいです)、答えを出そうと思っています。
さて、先週ここ、エドモントンは大寒波にみまわれ、マイナス35度という寒さをはじめて経験しました。皮膚を刺すような冷たさに、家のなかでみんなじっとしている日が数日間続きました。時差ボケとあいまって、すごく辛かった。だけど、それだけの寒さを経験すると不思議なことにマイナス20度がそんなに寒くなくなります。きちんと防寒したら、雪かきくらいできる。マイナス10度になると、もう楽勝で、ふつうに散歩に行ったり公園で遊んだり、そりすべりに繰り出したり。
わたしの暮らす場所のまわりには、商業施設は何もありません。徒歩圏内にあるのは、自然公園や森のなかのトレイル。雪でいつも真っ白です。でも、同じように見える景色でも、目を凝らすと凍った木の実や、リス、マグパイ、ウサギの足跡、さまざまなものが見えてきます。
雪におおわれた道を目を凝らして歩くことは、翻訳に似ている気がします。小説を訳し始めるとき、ぼんやりと道が見えていて出会う人や動物、道の凸凹はなんとなくわかっているつもりです。でも、実際に足を踏み入れ、単語、品詞、句読点、空白、改ページ、スペリングなどに注意を払うと、ぼんやりとした単色だと思っていたもののきめの細かさや、その下にあるもの、ひそかにつながっているもの、潜むもの、あらゆる変化とヒントに気づき始めます。そうすると、まっさらだった雪の上にたくさんの跡がついていきます。翻訳するうちにわたしの跡ももちろんつきます。ここまでが、雪の道を歩くことと翻訳が似ていることです。
ちがうのは、雪の上のありとあらゆる跡、それをすべて、今度は読者が読んだときに「まっさらだ、ぼんやりしている、なんだろう」と思うところまでならしていく作業なのではないかと思います。何度も何度も歩いてさまざまなことに気づいていく。でも同時に、そこには自分の目を信じ切っているという危険性もあります。だから、なるべく多くの資料を読み、人の話を聞き、ほかの作品にあたり、もとの雪の状態を「再現」しようとする。その方法の試行錯誤が、わたしは好きです。わたしの目を疑い続けること。雪の上に見えた小鳥だと思っていたものが、実は風に舞う落ち葉だったのだと気づけるように。いちばんベストな形で、その物語を届けるにはどうすればいいのか、考え続けることがわたしは好きです。
と、ここまで書いたとき、『聖なる証』のゲラが届きました。開いてみると、真っ赤っか!!!! まっさらな雪!?? なんの話!???? 白いところないよ!??!
ーーそうです。わたしには、雪道ならしをいっしょにしてくれるたくさんの人がいます。校正者さん、編集者さん。わたしが再現した雪道に目を凝らし、歩き回っていろいろ見つけてくれる人たちです。赤が返ってくるたび、ほんとうにありがたく(自分の未熟さが申し訳なく)、尊敬の気持ちが溢れ、わたしももっと頑張ろうと思えます。
ということでわたしの年末年始は、ゲラ作業!!! やるぞ!!!!!!
今年も1年、ありがとうございました。
みなさんが思い思いの年末年始を過ごせますように。
それではまた来年、お会いしましょう。
吉田育未