新しい年ですね。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
日本よりも十数時間遅れて、こちらは新年を迎えます。このタイムラグがとても不思議です。「時間」について考えたくなります。地域や人、年齢、行う活動や心向きによって平等であるはずの時間の流れは、ほんとうは平等ではないのではないのかなとか。ずっと飛行機でカナダと日本を行き来する人生を送ったら、明日から今日から明日への旅を繰り返し、年齢の重ね方が違うのだろうかとか。
時間のコンセプトといえば、タイムトラベル小説の『Sea of Tranquility(エミリー・セントマンデル著)』という小説は、昨年わたしがもっとも力を入れて出版社に持ち込んだ作品です。問い合わせはあるものの、未だ企画会議にすらかけられていません。オバマ大統領が選ぶ昨年のベスト本10入りも果たしている作品なのですが、どうしてかな。
カナダが植民地化される時代と月面が植民地化される時代を起点と終点にし、その間を主人公のギャスパリーが旅する。その間に繰り返される世界的パンデミック、人類の危機察知能力と集団的忘却能力など、わたしたちが直面する問題点や課題、疑問を過去と現在、未来の世界を舞台に描きます。著者自身が経験した女性蔑視や差別も組み込まれ、自伝的要素も強い作品です。現実世界がファイルであることの証明になるような「バグ発生」の可能性を検証するためにギャスパリーは動くのですが、ギャスパリーの隠された目的はほかにあって……。というプロットで英語圏では軒並みベストセラー。もし興味のある編集者さんがいらっしゃったら、メッセージください! レジュメと試訳があります。(※前作のThe Glass Hotelとのつながりもある本作。前作と合わせてHBOでドラマ化されます。こちらの作品のレジュメもありますので是非お声がけください。拡散やシェアなどもしていただけるとうれしいです)。
さて、翻訳したい作品の話から始まりましたが、日本で新年のあいさつが行われているとき、わたしたちはTELUSワールド・オブ・サイエンスを訪れていました。シロナガスクジラの展示があっていて、クジラが大好きなので絶対に年内に行きたかった。
クジラ漁で使われた銛(ハプーン)や鯨油を使用するランプなど、物語に登場するものを実際に見て写真におさめました。
帰宅して子供たちに印象に残ったことを聞いてみると、六歳児が
青いクジラはハプーンで殺されたことかな。もっと大きいタンク(戦車)とかミサイルを使ったんだと思ってた。だっていちばん大きな哺乳類なんだよ。ハプーンはとても小さいから殺せないと思ってた。
と言いました。シロナガスクジラは、英語でBlue Whale。展示に行く前までは「シロナガスクジラ」という和名を知っていたのに、英語の展示で「Blue Whale」という名前を認識し、わたしと日本語で話すときに「青いクジラ」と直訳したんですね。
ここが小説の翻訳ですごく難しいと思うところです。英語の生物の名前は、日本語と同じように「生物を指す名前」と「生物名以外に与える情報」があります。例えばこのBlue Whaleだったら、「シロナガスクジラ」のことだけど「青いクジラ」という意味も確かにある。日本語に訳すときに「シロナガスクジラ」だけ書けばどのクジラかは伝わるけれど、どの名前が持つ語感は失われてしまう気がします。
いちばんそれを感じるのが「Monarch Butterfly」です。Monarchには「君主の」という意味があり、しかも渡り蝶であるこの種は少なくとも北米ではロマンチックなイメージを抱かれることが多い。この蝶の和名は「オオカバマダラ」です。「モナークバタフライ」と表記するのとかなり印象が違いますよね。だからといって「女王蝶」などと訳しても、どの蝶のことか分からないのでそれでもダメだし。現在ゲラ作業中の『聖なる証』は、アイルランドの鳥や植物名が多く登場するので、そのあたりを工夫していますが、これが正解かどうかは分からず、試行錯誤を重ねながら作品にあった方法をその都度見つけていきたいなと思います。
博物館から帰ったあとは、日課の雪道散歩。それから大掃除をして、夕食にしました。夕食はアナが七面鳥の丸焼きをしてくれたのですが、子供たちは捕鯨について学んだあとだったからか、食べるのを拒否。動物を殺し食すことについて、真剣に考え始めたようです。捕鯨が悪いとか、肉食が悪いとか、白黒の価値判断をしなければいけないとか、そういうことではなく、様々な角度から自分の行為について考え始める良いきっかけになったのかなと思います。
わたしがこれを書いているのは、エドモントンの元旦の午後。みんなはバッファローが生息するエルクアイランドという国立公園へ行ったけれど、わたしは静かに過ごしたくて家に残りました。片づけをしたり、日記を書いたりしてまた明日からのゲラ&翻訳の日々に備えたいと思います。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
いつも洋書の紹介楽しみにしています。