ミシェルのスタジオでZINE用のリノカットをつくる。思ったよりもパンクな仕上がりになったけれど、今の自分にぴったりだと思う。
リノリウムを彫っているとき、ひとりの男性が訪ねてきた。中国の広州市で出版業を営むQinさんで、本の営業にやってきたのだった。フィルムカメラで映画を作ったり、過去に禁書になっていた書籍を掘り起こしてリバイバル出版したりする人で、最新刊を見せてくれた。数年前からの本のタイトルを見せてくれ、数作品面白そうなのがあったので、今度持ってきてくれることになった。
ミシェルのスタジオでだれかに会うたびに、ほんとうに広東語を勉強していてよかったと思う。とくに出版関係の人との会話、あいさつは広東語と英語を混ぜながらの場合が多い。何冊か、東京文学フリマに持っていけるように交渉した。BDSMのと、香港の離島についての本は持っていくよ。
ミシェルと出前のカリフォルニアロールを食べながら、いろいろな話をした。今、香港でおこっていること、香港の外でおこっていること。言葉にならないことをいっしょに言葉にしようとすることができる友達がいるのは、ほんとうにありがたい。わたしたちはふたりとも博士課程に応募するか迷っていることが判明した。彼女は今、書店を営みながら先生として大学でも働いている。修士を持っているけれど、博士課程に応募すべきか決めかねている。ふたりとも同じところで悩んでいる。
ミシェルは静かな人で、居心地がいい。ちょっとマイケルに似ている。出会えてほんとによかった。スタジオはずっと開いてるから、ついつい夜遅くまで長居してしまう。リノリウムを彫りすぎて肩が痛い。
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幼稚園のイベントのボランティアをしたり、ママ友たちとのランチが毎日のように続き、仕事は午前中と夜にしかできない。いつも通りと言えばそうなのだけれど、こんな風に翻訳を一生懸命やるのもあとちょっと。大事に取り組んでいきたい。翻訳だけに熱中しながら生活する日々は、本当に楽しい。楽しかった。だけどそれも、来週でおしまいだ。(訳了するけど、確認する訳稿とゲラはまだ数作品分あるけどね)
最近わたしは、今までになくいろいろな英語や言語を話す人たちと時間を過ごしている。カナダにいたときもそうだったけれど、みんな大体英語を話していた。香港では、言語がすごい混ざり方をするので、わたしの英語も崩壊している。ときどきマイケルに「いくみは今、何のアクセントで話しているの」と聞かれる。
わたしは耳からの情報をすぐに再現する癖がある。去年はずっとアイルランドの映画やドラマなどを見まくっていたため、現在、熱い感情が入るとアイルランド、特にデリー地方のアイルランド英語のアクセントになるらしい。普通のときは、カナダ英語の土台に、広東語の先生ベクターのブリティッシュ英語がのっかり、日本語と広東語の語尾が混ざる。アメリカに留学したときはコロラドアクセントになり、カナダに住んでいたときはオンタリオアクセントにすっかり染まったのだけれど、香港生活が長くなるほどにわたしはどんな英語を話すのだろうと、けっこう楽しみ。
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ここ二カ月くらい、子供たちの寝かしつけに長めの本を読んでいる。子供用に編集された『モビーディック』『若草物語』、そして昨夜は『ラストベア』を読み終わった(すべて英文)。どの物語も子供たちは目を輝かせて聞いていたけれど(寝かしつけには全然向かない)、とくに『ラストベア』は「もう一回読んで!」とせがむほど夢中になっていた。母親を亡くした少女エイプリルが、気象学者の父親の仕事の関係で北極にあるベア島に引っ越し、そこにいるはずのないホッキョクグマと出合い……という物語。環境問題と個人の責任を考えることと、喪失と向き合うことが語られる児童文学で、英語圏でもかなり人気がある。コロニアルなまなざしが気になった箇所もあったけれど、動物や自然に興味が出てくる年代におすすめしたい。
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イスラエルによるガザでの虐殺について書こうとして、手が止まり、現地の人の言葉をよみシェアのボタンをクリックして、その先の言葉がどうしても出てこない。指が同じキーボードの上にずっとある。