For the record, if you have ever done anything for attention, this poem is attention. — Andrea Gibson
ゆっくりとカイ・チェン・トムの新作『Fall Back in Love with Being Human—Letters to Lost Souls』を読んでいる。
「わたしは中国系トランスジェンダーの女の子として、敵意に満ちた世界で育ち、人間の辛い性質に触れなければ成り立たないようなキャリアを選んできました。大人になるころにはわたしはアクティビストで、二十代のときはセックスワーカー、そしてサイコセラピストでした。ここ数年は紛争解消専門家、そしてスピリチュアル・ヒーラーです。職業上何に生まれ変わっても、心深く大切にしている使命を追求し続けてきました。この星で暮らすすべての人の内面にある、欠かすことのできない美しさと善を目撃しようとし続けることです。(p.3 拙訳)」
と彼女は自己紹介している。本書は、彼女の回顧録であり、自分や、愛する人、憎悪する人への手紙集でもある。
冒頭で紹介した一説は、自死した妹に向けた章の引用。
「覚えていてほしい。ただ注意を引きたくて行動したことがあるあなたに。この詩は、あなたへ向けられた注意。」この詩を書いたアンドレア・ギブソンもコロラド州在住の詩人、アクティビストだ。
トムの前作『Fierce Femmes And Notorious Liars: A Dangerous Trans Girl's Confabulous Memoir』で妹さんのことも描かれていて、そのときの愛らしい表情が鮮明に残っていたので、この章を読むのはすごくきつかった。
信じられないような苦しいことがたくさん起こる世界。自分のことを愛してくれるのか分からない世界に存在するわたし。そんな世界で「人間であること」にもう一度恋するためにはどうすればいいのか、著者は考え続ける。章ごとに小さなエクササイズの提案もある。たとえば
「辞書を使わずに、『モンスター』を定義してください。」
「罰したい人物を心に思い浮かべてください。もし安全に行えるのであれば、その人に詩集を一冊送ってください。もし安全でないのなら、その詩集を自分で読んで、友人と共有してください。」
「すごいなあと思う動物は何ですか? 特徴を調べてみて、そのあとしばらく、その動物になったふりをしてください。」
など。今週のわたしは体調を崩したし、衝撃的なニュースに打ちのめされ、さらにワンオペだったので、章が短いこの本を自然と手に取る回数が多かった。ガザのことで、ずっと「人間って何なんだろう」と暗澹たる気持ちでいたので、コンテクストはちがうけれど、すごくこの本に助けられた。トムさんのガザへの詩も訳したままで、まだ公開できていない。香港に来てから、プラットフォーム迷子というか、コミュニティ迷子なのよね。どこからも距離があり、どこにも属していないような感じだ。
お知らせ
1.『星のせいにして』原作舞台公演もうすぐだよ!
2.日常ブログ更新中。
わたしの訳書デビュー作『星のせいにして』(エマ・ドナヒュー著、河出書房新社)の原作をもとにした舞台が、アイルランドで公演されます!4月末から5月の公演予定ですが、すでに稽古などは始まった様子です。訳したときから、ぜったいにこの作品は舞台でみたい!と思っていたので、舞台化が決定したときはすごくうれしかった。ぜひ現地で観劇したかったのですが、どうしても予定が合わず、今回は断念。ドナヒューの作品は『Kissing the Witch』『Room』など舞台化される作品がとても多く(映画化も多いが)、必ずちがう場所で再演されているので、今回もそうなってくれたらいいなと思います。
『星のせいにして』は「スペイン風邪」が猛威をふるう戦時下のダブリンで、看護師のジュリア・パワーが格闘する三日間を描いた長編小説です。わたしの訳書デビュー作にして持ち込み作品で、小説の翻訳ははじめての挑戦でしたが、その分、「翻訳」に対する先入観もなく自分の感性と知識をすべてぶつけて訳すことができた、とても幸運な作品でした。翻訳することにあれだけ打ち込めたのは、校正などの知識が皆無でも嫌な顔をひとつもせずにサポートしてくださった編集者さんのおかげです。そして、この作品を届けてくださった書店のみなさん、読者のみなさんに心から感謝しています。土地を動き回る今の生活では、本当にひとりぼっちで翻訳しているような気持ちになるのですが、わたしのかわりに本がみなさんと出合ってくれていると思うと、励みになります。
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