LOVE AFTER THE END
世界の終焉のあとのラブストーリー
おはようございます! きょうからデイライトセイビングタイム(夏時間)がはじまったカナダですが、マイナス13℃で「夏時間」と言われても……「全国一斉早起き強制の日」という感じです。まずははやく春になってーーー!!!
今週は『聖なる証』の3校ゲラと6月に出る名言集の初稿ゲラ、そして自分史上最長小説の訳出と、とにかく文字に埋もれそうな日々でした。でも、時間をなんとか捻出し、念願だったバレエ「ジゼル」を観てきました。二幕の幽霊の舞いが幻想的でずっと観ていたかった。
『Love After the End』
さて、今回はクィアSFアンソロジー『結晶するプリズム』でわたしが紹介する作品について書きたいと思います。
ずっと日本語で紹介できないかなと思っていたラムダ賞受賞アンソロジー『Love After the End』からゲイブ・カルデロン(they/them)さんの短編「Andwànikàdjigan」を紹介できるようになりました。
このアンソロジーは、ジョシュア・ホワイトヘッドさんという先住民の作家(詩人、パフォーマンスアーティスト、助教授)が編んだ短編集で、先住民でツースピリットの作家のSF作品を集めたものです。
”ツースピリット(two spirit)”
「ツースピリット(two spirit)」とは、ざっくり説明すると、先住民コミュニティで男女のカテゴリーの範疇では包括されない人をあらわします。ただ、ジェンダーアイデンティティだけでなく、スピリチュアリティにも強く結びついている言葉です。そしてこの言葉は、入植者社会と先住民社会のジェンダーの価値観の差異や、先住民コミュニティ内での呼び方の差異などの橋渡しをするために作られた言葉で、先住民コミュニティそれぞれに、異なる価値観や呼称があります。
ヨーロッパ人が北米に入植し先住民を迫害する過程で、ツースピリットの人たちはとくに迫害されました。それは、ツースピリットの人たちが宗教的、政治的、軍事的にリーダー的存在であることが多かったからです。それ以前はコミュニティ内で敬われる存在だったのに、キリスト教的価値観により差別、迫害されるようになり、先住民のコミュニティにもそういった価値観が強制されました。近年、ツースピリットの人たちへの理解や価値観を取り戻すための動きが活発化しています。
ただ、「ツースピリット」という言葉自体もジェンダーバイナリーから抜けていないのではないか、また、精神世界とのつながりを持たないで属性を示せないか、ということで「インディジクィア(先住民でクィア)」という言葉も使用されています。
最近、「LGBTQ+」があたかも現代社会で「発明されたアイディア」のように揶揄する言説を目にします。まったくそれは間違っているし、言ってみればわたしたちのシスジェンダー中心のジェンダー規範こそ現代社会で発明されたアイディアであり、いつでもそれは変わり続けています。ずっと昔からその押し付けられた規範に翻弄されながらも闘ってきた、生き延びてきたコミュニティから伝わってきた物語を、紹介できることがうれしいです。
SFと植民地主義
アンソロジー編者のジョシュア・ホワイトヘッドさんは、SFというジャンル自体に植民地主義的なアンダートーンがあるのではないかと、指摘します。確かに「新しい星」を見つけて植民する、というプロットは多いですよね。そして、先住民ほどその「入植」や「世界の終わり」を経験した人はいないのではないかとホワイトヘッドさんは論じます。先住民でツースピリットの書き手に、「世界の終りの物語を書いてほしい」と依頼しながらも、「明るいエンディングを」と注文を付けたそうです。SFというジャンルにあえて挑戦し、未来や他のどこかの世界の「世界の終わり」のあとも自分たちは存在し続けるのだと、そこに希望を書こうとしたのだと思います。
物語を伝える方法
わたしが翻訳する「Andwànikàdjigan」のタイトルは、アニシナベ族の言葉で「物語を覚えておくためにしるしをつけること」を意味します。先住民コミュニティの物語を伝える方法は、多くの場合、口承伝承でした。つまり、口承伝承という役目を託された人から、また別の人に語られ、その物語は頭の中で記憶されなければならない。物語は数時間、数日間に及ぶこともありました。その語り手が殺されれば、物語も消えます。加えて、文字で記録しなければ情報の有効性を認めないヨーロッパの価値観が強制されました。それでも物語をつたえつづけてきた、そのことを著者のカルデロンさんはこの短編で考えようとしたのだと思います。伝える方法が奪われる。言葉が奪われる。それでも伝え続けるのはなぜか。そして伝える方法、言葉が変わることで、物語は同じではなくなるのか。
作品情報
こちら、おそらく今週中にクラウドファンディングが始まると思います。プライド月間に無料で公開したいという企画意図があります。またお知らせしますので、サポートしていただけるとうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。
☆ゲイブさんのプロフィールです。
ゲイブ・アタグウェウィヌ・カルデロン(they/them)
トランスマスキュリン・ノンバイナリー、Two Spirit(トゥースピリット)の作家。Two Spiritとはタートルアイランド(植民後は「北アメリカ」と呼ばれる大陸)の先住民コミュニティで、女性・男性という枠組みでは包括されないアイデンティティに属する人のことを示す。
ヨーロッパからの白人入植者と、アニシナアベ・ネーションとミクマク・ネーションのミックスルーツ。
「番号付きインディアン条約」の第六条約の土地Amiskwacîwâskahikan(カナダアルバータ州エドモントン)在住。
詩人、活動者、教育者。複数の文芸賞を受賞。本作の続編でもあり、初の長編である『Màgòdiz』がArsenal Pulp Pressより2022年刊行。
☆「Andwànikàdjigan」の紹介
タイトルの「Andwànikàdjigan(アンドワニカドジガン)」は、北米先住民アニシナアベ族の言葉で「ストーリーを覚えておくために印をつけること」を意味する。
舞台は現代世界の記憶が歴史からも抹消された未来の地球。主人公ウィヌ(she/her)は、ストーリーを聞くと体に不思議な印が浮き上がるアンドワニカドジガン族の生き残りだ。ウィヌは異世界と現世界をつなぐ役割を負うと信じられたニジマニドワグ(Two Spirit)でもあった。アンドワニカドジガンの能力を恐れる監視軍隊から追われるウィヌは、戦士のベル(they/them)と恋に落ち共に身を隠して生きる。しかしついに、監視軍隊によってふたりは引き裂かれ……。
今週も読んでいただいてありがとうございました。みなさんの住んでいるところは、春ですか? 夏ですか? それとも冬仲間?? どこにいても、ほっとひといき好きな本を開ける時間がとれる一週間になりますように。
ではまた来週!